シンデレラ・ストーリーサーバー 2



「おい姉ちゃん、こんな山奥でどうしたんだ」
 美声。
 何だろうと思い優希が目を開けると、そこには燃えるような赤い髪にきらきら光る黄金の瞳を持つ痩身の男性が立っていた。
 夕暮れはとうに過ぎた山奥であるらしい。梟の鳴き声。
「この辺りは魔物が出る。早くおうちに帰りな。送ってやろうか」
 若そうな男性が持つのは、懐中電灯ではなくランタン。
 そして腰から下がる、装飾を施された細身の鞘。金色の柄、見たことのない色をした宝石が暗闇でもよく光る。
(これって)
 何度か、漫画で読んだ気がする。
 ここで優希が『あの、ここって……』と言ってしまえばいきなり初級編のモンスターが現れて『チッ、話は後だ!』から物語が始まってしまう、あのパターンだ。
「おい、あんた、魔物にやられたわけじゃ――」
「林田さんちょっとストップ」
 言い募る騎士と思しき男性には答えず、優希は手をパンパンと打ち鳴らした。
 あっという間に見慣れた自室へ戻ってくる。
「ま、まだ何も始めていませんよ、何故止めるのです」
「まず舞台設定はどこよ」
「異世界です。最近は退屈な女子高生の間で異世界トリップが流行しているとこちらのガイドブックにも」
「捨てなさいそれ」
 林田から奪い取ったガイドブックの表紙には大きく『際立った特徴がなくても! 常識があり感情移入しやすい女性にぴったり! 今! 流行のトリップ先百選!』と記載されている。
 また付箋の貼っているページでは特集もされているらしく、募集要項には『資格・経験不問。明るく清潔感があり元気な挨拶ができて実は隠れた特別な血統を持ち少しだけ落ち込みやすい方を募集しています。※なお場合によっては世界を救う旅に巻き込まれる恐れもありますがご自身でお選びいただいた選択肢についての責任は負いかねます』と記載されている。
「林田さん」
「はい」
「青春ってこうじゃないよね」
「でもその、異世界を救って帰ってくるのはなかなか大きな試練で」
「あとお試しだって言ってるのに世界救って来るまで戻さないつもりなの」
「うっ」
 まあ、非日常という意味ではさっきより雑さはないけど……、とフォローを入れると林田は目を輝かせて頷いた。
「ありがとうございます! では次のお試しはもう少しお手軽なものをご用意します!」
「え」
 まだやるとは言っていない。伝える前に視界が暗転する。
 この『お試し』もあんまりやりすぎると、体に異変が起きないだろうかと優希は少し不安になった。
(テレビもチカチカするとよくないって言うし)
 何より『お試し』とは言え違う世界へ旅立っているのだ。体が多少おかしくなっても不思議じゃない。
 ――不安を的中させるかのように、目の前が妙にチカチカしだした。
(何これ)
 よくよく周りを観察してみると、チカチカ、きらきらしているのは何も目の前だけではなかった。
 遥か高い天井に輝くシャンデリア。汚れ一つない白亜の壁には金の装飾が施され、広々としたホールには色とりどりに鮮やかな衣装を身に纏った男女の姿。奥に見える楽団がゆったりとしたワルツを奏でている。
 男女は品の良い微笑を浮かべながら踊っていた。
 シンデレラの劇で見たことがある。『舞踏会』だ。
(置きに来たな……)
 安牌という言葉が脳裏をよぎる。
 当然、優希も華やかな薄桃色のドレスを身に纏っていた。さて、どう動くべきか――、などと考えていると目の前に立つ影が一つ。
「僕と踊っていただけませんか」
 きらきらとした金の髪。美しい青の双眸がすっと閉じられて微笑が形作られる。
「……あなたは?」
「ケイト・ダシャーハと申し」
「チェンジで」
 ――林田さんじゃねえか。

 再びの自室で、林田は膝からくずおれていた。
「ぼ、僕じゃダメですか! お手軽なイケメンなのに!」
「やかましいですよ。あと名前ちゃんとしてあげて」
 この指摘は二度目だ。
 というか、名前をひっくり返しただけの「ダシャーハ」は雑すぎないだろうか。何より、どんどんと「青春」から離れていく。
 最初に経験した「いないはずのクラスメイトからいきなり告白される」の方がまだマシだ。
 そう告げると林田は血走った目で、しかし勢いよく頷いた。
「わ、分かりました、次こそ……!」
「いや、もういいよ」
 優希は首を振る。林田がまともなお試しを持ってくることはないだろうし、それまでずっと指摘をし続けるのはさすがに疲れる。
 それに、充分楽しませてもらった。
 何の変哲もないような高校生活だったが、卒業式の後に、人生に二度あるかわからないような、面白い経験をさせてもらったのは事実だ。
 ストーリーサーバーなんて、聞いたこともない職業だし、恐らくもう二度と会うこともないのだろう。
「林田さんなかなか面白い人だったし」
「いえ!」
 林田は血走った目のまま、今度は首を横に振る。
「駄目です! 一件だけでも、一件だけでも契約を取らないと、僕の家族が飢えて死んでしまいますー! 意地でも納得いただけるお試し体験していただけるまで居座ります!」
「頼むから帰って」
「帰りません!」
「いや、だから、もういいってば。……すればいいんでしょ、契約」
 一瞬、静かな間があり、やがて林田の顔がぱあっと輝いた。
「本当ですか!」
「うん。というか、そうしないと帰らなさそうだし」
「クーリングオフできないですが大丈夫ですか」
 訪問販売だろう、との言葉を優希は飲み込んだ。
「まあ、いいです。納得した上なので」
 ――お代は、想像力だと言っていた。高校生活にシンデレラストーリーを求めるくらいには有り余っているのだ。多少減ったところで問題ないだろう。
 それに、アドバイスとは言えないが改善点は多少指摘したのだ、まともな「青春」を用意してくれるかもしれない。
 林田は足でも舐めんばかりに平身低頭して感謝すると、書類を取り出す。
 契約内容を書き終わったかどうかわからないうちに、優希の視界は暗転した。



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