友愛

 あれ、少しお待ちください。あなたは嘗て私の、友であつたひとぢやございませんか。
 私はこれこの通り、兩目は疾うに潰れて仕舞ひ、お姿を見ること適ひませんが、それでもあなたの匂ひと空氣、確かに覺えがございます。

 ええ何。覺えがない。ひどいではございませんか。
 今はもうなき學舍の、隣に座つた縁からの、生まれ故クの話をし、三年一獅ノ過ごしたことは私は決して忘れて居りませんぞ。
 はあ、はて記憶障碍。さうでございましたか、さうでございますか。
 私はこの目、あなたは記憶。互ひに失つてゐるものが大きすぎますから確かめることは相成りませんがそれでも確かに私たちは友であり、これからもさうでございますよ。死して会ふたも何かの縁。
 さあ歩ひて行きませう。

 ええ、ええぜひ連れだつて行きませう。この道を行きませう。ああ、向ふは地獄か極樂か。
 たとい道が別れても私たちの友愛は決して――え、何ですつて。道は合つてゐるのかですつて。
 もちろんでございますよ。盲目でも見える道があると言ふじゃござせんか。友愛を疑つちゃあいけない。
 それともこの竹馬の友をお捨てなさいますか。この暗く暗く長い道をお一人で向はれますか。心細くござせんか。
 何で暗いのがわかるんだつて。ははは、暗闇は盲の領分でございますよ。友愛を疑つちゃあいけませんぜ。閻魔樣はさういふところも含めて裁くんですからな。
 さ、參りませう參りませう。友愛を疑つちゃあいけませんぜ。



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